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2007/06/29

世界を変えることはできますか?

昨日、最終回を迎えたドラマの中の台詞です。

『私たちの教科書』

今回のクールで、私が唯一見ていたドラマです。

初回から一話も逃さず、毎回録画し、バイトが終わってから夜中に見ていました。

...

いじめなんて、ほんの些細なきっかけで始まるものだと思いました。

昔、いじめが話題になった時にこんな台詞がありましたね。。。

『いじめられる側にも問題がある』

この台詞を、真っ向から否定するドラマだったよぉに思います。

問題があるのは、やはり、、、いじめる側の人間なのです。

そして・・・我関せずを決め込んでいる人間。

いじめていた相手が死んでしまい、罪の意識が芽生えるのであれば、その人間はまだ正常に戻れる可能性があると言えるでしょう。

、、、が。

このドラマでは、その事実さえも存在しませんでした。

「対象がいなくなったから、次を見つける」そんな感じ。

そして、自分が同じ立場に立たされる事で、初めて罪の意識を感じるのです。

そんな人間が口にするわけですよ。

『いじめられる側にも問題がある』と。

そぉ。

‘彼等の中では’きっと、問題がある。いじめられる側に。

でも、それはなんとも自分勝手な・・・いじめるためだけに存在している問題なのである。

いじめられる側に問題があるわけではない。

いじめたいがために、いじめる側が‘意図的に見つけてきた’問題なのだ。

たとえば、今回のドラマ。

イジメの発端となった一言は・・・・・「お前、雑巾臭い」

そして、いじめの対象が変わった時の合図は、机の上に置かれた消臭剤。

完全なる言いがかりである。

、、、が。

彼女は、「自分では感じないだけでは?」と思ってしまうわけだ。

「私が気付いてないだけで、私は臭いのかな?」と、感じてしまうわけだ。

結果。

彼女は、横を通り過ぎただけで感じるほどの香水をつけ。

トイレに行ったら、ものすごく長時間手を洗い続けるよぉになる。

...

論点がズレた(^^;

『世界を変えることはできますか?』

なかなか難しぃ問題提起だと思います。

最初に聞いた時は、「無理でしょ」と思った、私でも。

でも、、、最終回を見て思った。

「もしかしたら、変える事は出来るかもしれない」、、、と。

もちろん、「私が変えてやる!」なぁ~んて、無謀な事ではない。

よぉは、一人一人の気の持ちよぉって事。

みんながそぉ思っていたら?

そして、そんな考えの人が集まったら?

・・・変わるよぉな気がしませんか?

いや。思ってる‘だけ’では、変わらないかもしれないな。

自分に出来る事から、、、どんな小さな事でもいいから、行動に移せたら・・・何かが変わるかもしれない。

劇的な変化なんて無理だろぉ。

でも、、、いつか来る未来のために。

もしかしたら、もぉ自分が存在していないかもしれないより良い未来のために。

いつか生まれてくる、自分の子孫達が暮らすであろぉ未来のために。

私が今出来る事を、見つけたいと思う。

。。。

ECOについて、もぉちょっと真剣に考えなくちゃなぁ・・・と思う今日この頃。

「私一人がやったって。。。」と思ってたけどね。

そぉゆぅ考え方がいけないんだと、考えさせられたよぉな気がします。

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コメント

最終回は最終回らしく.暗くなくて良かったと思いました.自殺の原因はどちらでも良かったけれど,いじめで死のうと思うだろうね.

世界は変えられると思うよ.

投稿: HAWK2700 | 2007/06/29 17:55

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